堺雅人は高学歴だけれど実は障害を持っていた!?親から勘当されてタンポポを食べた極貧の下積み時代

2013年にドラマ「半沢直樹」で主演を務め、決め台詞「倍返しだ!」が流行し同年の新語・流行語大賞大賞を受賞した堺雅人さん。2015年に女優の菅野美穂さんとご結婚され、同年に第一子男児を設けられていらっしゃいます。そんな堺さんは、早稲田大を中退されていますが、実は障害を持っているそうです。また、親から勘当され、下積み時代にはタンポポを食べるほどの極貧生活を送っていたとか。詳しく調べてみました!

左右が分からない、数字が苦手

堺さんは早稲田大学第一文学部中国文学専修を中退という学歴の持ち主ですが、
実はある種の学習障害を持っていることを、2015年4月12日に放送された
トーク番組「おしゃれイズム」で告白されました。




高校時代は通商産業省の官僚を目指していたそうなのですが、数学が大の苦手で
国立大学の受験に失敗。受験科目に数学のない私立の早稲田大学に入学されました。

この大学在学中に演劇研究会を母体とする劇団「東京オレンジ」の旗揚げに参加され、
看板俳優として活躍、「早稲田のプリンス」と呼ばれました。

数学ができなかったために「早稲田のプリンス」になってしまうなんて、運命って
面白いですね。

役者の世界にのめり込み、結果的に大学を中退されてしまうのですが、
コンビニでアルバイトをしていた時、あまりにお釣りの計算間違いをするで
クビになってしまったのだとか。

また、ドーナツ屋のバイトでレジを任されていた時は、締めでお金が
1000円単位で違っていたこともあったそう。けれどバイトは楽しかったので
「無断出勤」していたことも問題視され、ここもクビになってしまいます。

足し算、引き算が本当にできなかったのですね。
学校時代はさぞかし、苦労されただろうと思います。

また、堺さんの学習障害は数字だけではなく、左右が分からないというのも
あるそうです。

堺によると、右と左は「今でもわからなくなっちゃう」とのこと。例えば車の運転をしているときに「そこ右に行ってね」と言われるとダメだが、「こっち行ってね」と指で指示されれば分かるという。
出典:ナリナリドットコム

タクシーに乗っていて指示を出す時も、曲がる少し前から事前に練習
するそうです。

この左右については子供の頃の悲しい思い出があるそうで、お母さんに
左右を教えてもらったとき、堺さんがあまりにできないのでお母さんが
「情けない」と泣き出したことがあったそうです。

これには堺さんも、とても傷ついたと語られています。




こうした障害について、今では昔よりは多少なりとも知られるようになってきましたが、
堺さんの子供の頃は、まだ今ほど理解されてはいなかったでしょう。お母さんも
悲しかったでしょうが、ご本人も辛かったでしょうね。

芸能界でも障害を持っている方は結構多くいらっしゃり、黒柳徹子さんは
字を読むことが難しかったり、子供の頃はじっと座っていることができずに学校には
随分迷惑をかけたと語られています。

また、ミッツマングローブさんも慶応大の法学部を卒業されていますが、
教科書を勉強するときは絵と音で覚えるそうです。

この他、トム・クルーズやジェニファー・アニストン、スティーブン・
スピルバーグ監督も失読症、ブラッド・ピットは人の顔を覚えられない
失顔症と告白しています。

こんなにも才能ある方が障害を持っていらっしゃるというのは意外ですね。

堺さんが告白されてから、自分にも同じような経験があるなど、反響も大きかった
そうですが、専門家は堺さんの症状について、「ゲルストマン症候群かもしれない」
と解説されています。

「神経学者のヨーゼフ・ゲルストマンが発見した病気ですが、症状としては、人によって程度の差がありますが、左右がわからない、計算が苦手などの症状があります。脳内に病変が存在することによって起こると考えられている神経疾患です」
出典:livedoorニュース

耳慣れない疾患ですが、堺さんのような有名人が自らの障害を告白することは、
そうした病気を多くの人が認知されるきっかけにもなりますから、勇気のいる
ことですが、意義あることと思います。

両親に勘当されて突入した極貧生活とは!?

堺さんは学生時代、演劇にのめり込むあまり、せっかく入った大学を中退
してしまいます。それも、両親には一切に相談もなく、一方的に事後報告を
したのだそうです。

もちろんこれにはご両親も激怒され、絶縁状態になってしまいました。
一切の仕送りも絶たれ、「早稲田のプリンス」は極貧生活に突入します。

けれどこうなることは、演劇研究会に入るときに既にご本人は
予想されていたようです。

〈劇研に入る以上は半端な気持ちでやりたくないと思っていましたから、ゆくゆくは大学を中退することになり、親からの仕送りもなくなると確信していました。経済的に孤立した状態で、細々とバイトで食いつなぎ、一生定収入が見込めないイヤ〜な大人になるんだろうな、と(笑)。そこまでシミュレーションしながら、出家するような気持で入りました〉(『文・堺雅人』より)
出典:週刊現代

貧乏な役者さんは珍しくはありませんが、堺さんは道端のタンポポまで
食べたと言いますから、相当食べるのに苦労されていたのですね。

そうした下積み時代から、役者としてどうにか食べられるようになったのは、
2000年のNHK連続テレビ小説『オードリー』に出てからで、このドラマを
実家のご両親が見たことで、絶縁が解けたのだそうです。




その後の活躍は多くの方が知る通り。演技派俳優として数々の賞も受賞され、
活躍されています。

堺さんはあまりご自身の苦労を語りませんが、高校時代の恩師は、堺さんが
苦しかった時代に学ぶことを忘れなかったからこそ、俳優として花開いた
と語ります。

見えないところで人一倍努力されてきたのですね。

そんな堺さんのご活躍を、これからも応援していきましょう!

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