天海祐希の異例づくめの宝塚伝説が格好良すぎ!仲良しマツコに出された結婚へのダメ出しと仰天の老後計画とは!?

元宝塚歌劇団月組トップスターで現在は映画にドラマに引っ張りだこの人気女優・天海祐希さん。どこから見ても「完璧なスター」と言われる天海さんの宝塚時代の格好良すぎる数々の伝説をご紹介します。また、大の仲良しというマツコ・デラックスさんに出された結婚へのダメ出しと、驚きの老後計画を暴露します!

 

母に「よくぞ生んでくださった!」

宝塚音楽学校に入学するには、試験は1次試験から3次試験までの
バレエ・声楽・面接があり、倍率20倍と言われる狭き門。

そこで演出家・植田紳爾氏は天海さんに「お母さん、よくぞ生んでくださった」
と発言したとされる伝説があります。多くのタカラジェンヌを見てきた植田氏に
そういわせるほど、天海さんの存在感がすでに素晴らしかったのですね。

そして天海さんは1985年に宝塚音楽学校に首席で入学、1987年に73期生として
宝塚歌劇団に入団、雪組公演『宝塚をどり讃歌/サマルカンドの赤いばら』で
初舞台を踏みました。

初舞台生の新人公演配役としては異例の目立つポジションだったそうです。




月組に配属されてからは『青春の旋風〜リトル・ヒーロー三四郎』で早くも
準主役のひとりに抜擢され、年末公演の『ミー・アンド・マイガール』で
入団一年目にして新人公演に初主演と、異例の出世スピードでした。

新人公演とは本公演と同じ演目を、入団1年目~7年目までの新人達だけで
演じる公演のこと。

この配役が決まった時、この公演に出演する上級生たちが「誰!?」と騒いだほど、
天海さんはまだ知られていませんでした。何せ、まだにゅだん10か月目のこと
ですからね。

研一(入団一年目)にして新人公演に初主演の記録は塗り替えられて
いないと思われます。

さらに1993年、天海さんは研究科7年で月組トップスターに就任。
通常はトップスターになるのに10年以上はかかると言われる中、史上最年少の
男役トップスターの誕生だったそうです。

これがどれだけすごいことかというと、天海さんの後、月組男役トップスターは
3代続けて天海さんの上級生だったり、天海さんの入団後10年以内に男役
トップスターになった生徒は居ないことなどからも、そのすごさが伺い知れます。

天海さんのお母さんが、「我が家の誇りです!」と言ったそのお気持ち、
納得です。

天海さんは、トップに上り詰めたのも早かったですが、そこからわずか2年で
退団されたのも異例の早さでした。通常は5年くらいはやるそうです。

それだけ、7年とびのプレッシャーというものが大きかったということ
なのでしょうか。




天海さんの伝説と言えば他にも、普段から公演のフィナーレで大階段から
降りてくるとき、小さな羽しか背負わず、ついにはサヨナラ公演の
フィナーレで羽根を背負わなかったというものがあります。

この羽根ですね。↓

羽を背負わなかったから何?とご存じない方もあるかもしれませんが、
通常タカラジェンヌと劇団側の力関係を思えば、いくらトップスターが
言ったとしても、通るようなものではありません。

トップオブトップの天海さんだからこそ、できてしまったことなのです。

また、フィナーレが終わってから幕が下りるまで、トップスターは
客席に向かって手を振るのが通例ですが、天海さんは一緒に舞台に立った
仲間たちに手を振っていたというエピソードがあります。

それだけ、仲間を大切にしたい思いが強かったのでしょうね。
さすが、理想の上司ランキング7年連続1位の天海さんです!

独自の「ファンとのルール」に見る真意

異例の出世スピードとその人気でスターの中のスターだった天海さんですが、
そんな自身のポジションにものぼせ上がることなく、本当に大切なものは
なにか、常に考えている天海さんの分かるエピソードをご紹介しましょう。

天海さんはこれまで長く続いている慣例であっても、弊害があるなら率先して
それを改めていこうと、ファンとの間にも独自のルールを定めていました。

「午後10時以降の出待ちを禁止」されましたが、これも稽古が長引いて当然時間が
押した場合、ファンが外で待っていることで稽古に集中できなかったり、夜遅くに
女性が外をウロウロしているのは危険であるとの理由から。

また、「入り待ちや出待ち時の手紙の受け渡し」も全面禁止され、手紙はスタッフに
渡すことを独自に設定されました。これは、他の生徒も自分もスムーズに入館できない
弊害があるからとしています。




トップスターである自分が、出入り口でファンとの交流で止まってしまうと、他の人
にも迷惑がかかることを、天海さんは良く分かっていらしたのですね。

まして、異例の出世だった天海さん、2番手以下の団員には当然先輩方がいたわけで、
天海さんの心中も穏やかではなかったでしょう。

こうしたルールを決める一方、ちゃんとそれを補うように握手会や写真撮影の機会を
設けるなど、ちゃんとフォローもされています。

この他、退団時にファンクラブの人に送る記念品を、通常は古株さんを優遇するのですが、
全員に同じワイングラスを送ったそうです。

「昔からのファンや宝塚関係者の中には、“生意気”“態度が大きい”と言う人もいましたが、彼女は何も言えない後輩のために意味のないしきたりや、理不尽なマネジメントに苦言を呈していただけなんです。みんなそのことを知ってるから、後輩はもちろん先輩たちにも彼女は慕われているんです」(芸能関係者)
出典:NEWSポストセブン

やることは大胆だったりしますが、その裏にはちゃんと筋の通った理由があり、
みんなのことを考えているところが天海さんなのですね。

「結婚はもう無理よ!」とマツコがダメ出し

こんなにお綺麗で才能あふれる天海さん。結婚は諦めていないようですが、
どんな方がタイプなのでしょう?

ある番組で語った理想のタイプを挙げると、『バカだけど器用』『ずうずうしい』
『35歳より下』『168cm以上』『血液型はO型かA型』『家族を大事にしている人』
『清潔で読書好き』『仕事にプライドがありバランス感覚がよい』など。

これに対してマツコさんは「結婚はもう無理よ!」とバッサリ。

マツコさんによると、天海さんは「その辺の男には声をかけない」のだそうですが、
確かに、天海さんほどの方に見合う男性って、世の中にどれだけいるのか考えると
なかなか難しそうです。

天海さんとマツコさんは大の仲良しだそうですが、きっかけはテレビ局で
すれ違ったとき、以前からマツコさんのファンだった天海さんの方から声をかけた
ことだったそうです。

マツコさんも宝塚が大好きですから、それはもうすぐに意気投合。
「一緒に遊ぶときは、お互いにすっぴんでも気にしないくらいの仲」なんだそうです。




天海さんは若い頃から宝塚のトップとしてみんなの責任を背負ってきたせいか、
「ひとりでいるのが本当に幸せで、これがベスト」と発言されています。

「天海さんは結婚しないと決めたわけではないものの、どこかで“ひとりでいることが楽だな”と思っているんです。でも、その一方で、老後ひとりで過ごすのは寂しいというか、怖いという気持ちもある。それはマツコさんも同じ。小泉今日子さんやYOUさんもそう。だから、仲がよくて、同じような考え方の人たちで一緒に生活するのがベストなのではないかと、本気で話し合ったそうなんです」
出典:NEWSポストセブン

「1回みんなでマンション一棟買いして…っていう話はしたことある」という
天海さん。これならみんなが近くに居て独りぼっちじゃない。けれど適度な
距離感を保てるという意味ではベストなのかもしれません。

さてこのマンション一棟買い計画、実現するのでしょうか!?

天海さんの今後を見守っていきましょう!

関連記事↓
天海祐希の深刻な病気の原因はやっぱりあれだった!?性格良すぎるエピソードを紹介!

関連記事

コメントは利用できません。

おすすめ記事

最近のコメント

    カテゴリー

    ページ上部へ戻る