マツコデラックスの気になる体重の推移を調べてみた!意外な本名と知られざる経歴とは!?

インパクトのある巨大な体躯と軽快な毒舌で人気のマツコ・デラックスさん。最近、随分痩せた?と話題ですが、実際のところどれだけ痩せたんでしょう?体重の推移を調べてみました。また、マツコさんの意外な本名と経歴もご紹介します!

 

40歳過ぎて食べられなくなってきた

超ド級のインパクトある体から放たれる愛嬌ある毒舌でお茶の間の人気を
博しているマツコさん。身長178cmに対して、140kg、スリーサイズは
140cm-140cm-140cmとの情報があります。

以前、NTTの050 plusのCMで、CG合成されたほっそりマツコさんが話題になりました。
意外に美人だったのね!と思った方も多かったと思います。

テレビに出始めた頃は130kg程度で、1日に6食、食べていたそうです。
普通の人が3食にちょっとした間食を摂るとしても、お腹が苦しくなって
しまいそうですが、しっかり6食なんでしょうね。

ちなみに、マツコさんが「何もかも嫌な日に行うご飯の食べ方」というのを
2015年9月24日放送の『食わず嫌い王決定戦』で紹介されていました。




それが、まず炊飯ジャーでご飯を3合炊き、そこに生卵5個を割り入れる。
さらに岩海苔を入れてしゃもじでぐちゃぐちゃにかき混ぜる。そのままジャーを
お茶碗代わりにして、しゃもじで食べるという凄まじさ。

確かに、これなら嫌なことをひたすら忘れさせてくれそうです。
白いご飯に生卵、岩海苔ですから、おいしいことはおいしいのでしょう。
でも、3合に卵5個はすごい!

とにかくお米が大好きというマツコさん。炭水化物無しでは生きていけないでしょう。


お茶碗がとても小さく見えます。

そんなマツコさんが、2015年1月22日放送の『アウト×デラックス』で、
レコーディング・ダイエットで有名な岡田斗司夫さんから「最近、ちょっと
細くなりました?」と指摘されていました。

これに対しマツコさんは、「情けない話だけど、40歳過ぎて、ちょっと食べられなく
なってきた」と応答。

岡田さんは、体重が3ケタある人だけが入れる人類のエリート倶楽部だという“3ケタ倶楽部”
該当者は、「お腹が空いたら食べるのではなく、胃の中に隙間があったら詰める」のが常識
と力説されます。

以前からマツコさんは、「お腹がすくという感覚がない」と言っていましたが、
「最近は情けないけど“お腹空いた”って思う」と言います。
それ、「情けない」んですね。(^^;

岡田さんはさらに「マツコさんは胃が正気に戻ってしまった」と告げて、身長が約178cmのマツコならば、適正体重の95キロ程度まで「10年がかりで落ちていく」と診断した。「私、最近、それをすごく感じる」と覚えがあるマツコは、「自然に痩せるなんてありえなかったもん。すごくイライラするの!」と不安を隠せなかった。
出典:exicite.

以前は牛丼並なら4杯はいけたものが今は2杯に。ロケ弁も昔は楽屋で2個、合間に1個、
スタッフと1個食べると4個は食べていたものが今は2個がせいぜいと、確かに半減している
ようです。

健康を考えたら好ましいことなのでしょうが、マツコさんはあの強烈なビジュアルで
仕事が来ているという側面もあるので、おいそれとは体重を減らせないというジレンマが
あります。




それでもあまりに体重が増えすぎてもまずいと判断されたのか、20kgのダイエットを
されたと言います。

そのダイエット法というのが多くの女優さんたちも実践する「全裸ダイエット」。
常に自分の身体を鏡に映して直視することで、ダイエットへのモチベーションを
上げる方法です。

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20kgも減少すると、確かにお顔の輪郭とかが変わりましたよね。


顎の下のお肉が随分すっきりされています。

実はマツコさん、若い頃から太ったり痩せたりの繰り返しだったと言います。

2014年11月23日放送の『おしゃれイズム 超デラックス1時間SP』で、70kgの
ダイエット経験を告白されていました。

上田 すごく細かった時期とかもあった?

マツコ 2回くらいあった。19~20歳の時に上田さんくらいまで痩せた事があって
それが人生最大で最後のダイエット。その時に「やればできる子」と思った。
だから今でもやろうと思えば70kgぐらい痩せられる。

(中略)

上田  じゃ、何キロから70キロまで落としたの?80とか90からとかじゃなくて?

マツコ  いいえっ!!140近くあったのを70チョイにしたんだもん!

出典:http://ameblo.jp/diet-witch-aki/entry-11955779687.html

体重を半分にって、すごいですよね!

マツコさんは痩せて仕事が来なくなることを心配されているようですが、
お仕事が来るもの、お人柄もあるでしょう。

もっとダイエットされてもいいような気がしますが、何はともあれ、
健康に気を付けて、これからもご活躍してほしいものです。

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美容師、編集者からコラムニストへ

今でこそ超売れっ子で人気者のマツコさんですが、子供時代から自身が男性同性愛者、
いわゆるゲイであることを自覚されていたと言います。

小学校時代に、周りに合わせるのが辛くなって、短い間でしたが不登校になったことも
あったというマツコさん。苦悩も多かったでしょう。

高校は千葉県立犢橋高等学校を卒業、こちらが学生時代の写真と本名です。

松井貴博さんというのですね。SMAPの木村拓哉と同級生だったそうですが、
お互いに面識はなかったようです。




卒業後は美容専門学校東京マックス美容専門学校に入学、美容師の資格を得て働いて
いましたが、「何か違う」と感じていた時にアクティビストな同性愛者の姿を見て奮起し
ゲイ雑誌『Badi』の編集部に転職、記者・編集者などをされていました。

20代の後半に同誌を退職した後、実家に戻って2年間の引きこもり生活を
送ったというマツコさん。

高校の同級生に連絡をとっては個人情報を聞き出し、幸せランキングを
作ったものの、60人のそのランキングの最下位に居たのは他ならぬ自分。

その事実にショックを受け、雨戸を締め切り、大音量でCoccoの歌をかけて
トイレ以外はベッドで過ごすというギリギリの精神状態で何とか生きていたそうです。

自殺を考えたこともあったというそんな状態を脱する転機となったのは、
作家の中村うさぎさんでした。

マツコさんが編集者時代に描いた記事に興味を持ったうさぎさんが、2001年に発売発売の
自身の対談集『人生張ってます』の相手に当時まだ無名だったマツコさんを抜擢。

うさぎさんは「業の深さが自分と似ている」と、マツコさんのことを「魂の双子」
と呼ぶほどです。

そしてマツコさんに「あんたは書くべき人間だ!」と、社会復帰への背中を
押したのでした。

うさぎさんとは、この後も「うさぎとマツコの往復書簡」や「愚の骨頂 続・うさぎと
マツコの往復書簡」「喧嘩上等 うさぎとマツコの往復書簡3」「同行二人 うさぎとマツコの
往復書簡4」など、共著を重ねていますね。

こうして文筆・芸能活動を開始、「マツコ・デラックス」の芸名でコラムニストとして
様々な雑誌で連載を持つようになり、2005年ごろからはTOKYO MXの「5時に夢中!」で
月曜コメンテーターを皮切りに、テレビへの露出も増えてきました。

2009年には自身初の冠番組『マツコの部屋』が開始、2011年にはラジオでも
冠番組『井筒とマツコ 禁断のラジオ』が開始。

今やすっかりお茶の間の顔になった感がありますね。

人生のどん底まで経験したマツコさんだからこそ、毒舌であっても本当に人の
傷つくことは言わないとか、立場的に弱い人の気持ちを汲んだ優しさが
感じられるところが、安定した人気のゆえんなのでしょう。

これからも、味のあるトークと文章で、末永く活躍されて行かれますよう、
マツコさんを応援していきましょう!

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